追分ファームの生産・繁殖牝馬と施設紹介、職員採用のサイト。

●優駿たちの故郷をたずねて【第68回桜花賞優勝馬レジネッタの故郷】追分ファーム(北海道・安平町)

今年前半戦のG1(Jpn1)のうち中山グランドジャンプも含む8競走を社台グループの生産馬が制した。

同じグループ牧場であると同時に最大のライバル関係にある社台ファームとノーザンファームがし烈な争いを繰り広げている中、同グループの中でもっとも歴史の浅い1995年開場の追分ファームがレジネッタで桜花賞を制覇し、2大先輩牧場相手に一矢を報いた。

追分ファームの代表者は吉田3兄弟の末弟・吉田晴哉氏だが、晴哉氏は社台レースホースの代表でもあり在京期間が長く、実質的に現場をまかされている晴哉氏の長男・吉田正志さん(27歳)に、レジネッタ誕生のいきさつ、追分ファームの馬作り、考え方などについて聞いてみた。


桜花賞のレース前は、12番人気という評価でもあり、それほどの自信があったわけではなかった。

「桜花賞を迎える頃になって、馬が急激に変わって来たのは、分かってました。それでも勝つというイメージではなく、出られて良かったという気持ちが正直なところでした」

それが当日のパドックを見て、気持ちが一変した。

「馬が全然違うのですよ。馬体にメリハリが出てきて、素晴らしい出来。ひいき目無しにして、冷静に何度も全馬を見渡したのですが、どう見てもレジネッタが一番良く見えてしまう。これはひょっとして勝ってしまうのかな、と思いながらレースを見ていました」

その正志さんの想像通りに、レジネッタは直線で力強く突き抜けた。

「ゴールの瞬間は声も出ないほど興奮していました。これまでにもG1勝ちはありますが、レジネッタの場合は種付けから生産、育成、レースと自分がずっと関わってきたので、また違う感激がありました。最高の気分ですよ」

追分ファームは繁殖牝馬約60頭で、育成は中期(馴致前)まで。規模の面では社台ファーム、ノーザンファームよりもはるかに小さいが、02年ゴールドアリュール(ジャパンダートダービー、ダービーグランプリ、東京大賞典)を皮切りに、03年もゴールドアリュールがフェブラリーSを、その後も05年ハットトリック(マイルチャンピオンシップ、香港マイル)、06年ソングオブウインド(菊花賞)、そしてこのレジネッタの桜花賞と、コンスタントにG1(Jpn1)勝ち馬を送り出している。リーディングブリーダー順位でも04年に7位で初のベスト10入りを果たすと、05、06年は5位にまで躍進。07年はやや不振で9位と順位を下げたが、創業10年少しでこの成績は、順調過ぎると言えるものだろう。

もちろん資金面で一般の牧場と単純に比べるわけにはいかないが、同じ社台グループだからといって、社台ファームやノーザンファームから繁殖牝馬を提供されるようなことはまったくなかった。

「創業時は15頭くらいの繁殖から始め、少しずつキーンランドやタタソールズのセールで買い集め、今では大半が海外で購入してきた馬です」

自家生産の繁殖牝馬が増えてきている現在でも、約60頭のうち40頭、3分の2が輸入牝馬で占められている。レジネッタの祖母マクダヴィアは追分ファームが創業した1995年にキーンランド繁殖牝馬セールで購入してきた馬だった。

「開業前から繁殖牝馬は買い集めていたので、マクダヴィアが最初に導入した牝馬ではありませんが、創業時に導入した牝系がいま実を結んできたというのは感慨深いものがあります」

マクダヴィアは祖母フォールアスペンが米国の最優秀繁殖牝馬で、母ノーザンアスペンの弟が輸入種牡馬ティンバーカントリーという血統が導入の決め手だった。牧場の基礎牝馬にするには、米国で数多くの名馬を送り出しているフォールアスペンの血は極めて魅力的だった。

「もちろん優秀な競走成績があればそれに越したことはないですが、それではとても手が出ない価格になってしまう。不出走馬だったということで予算内の35万ドルで購入することができました」

潤沢な資金があるように見える追分ファームと言えども、創業時から無尽蔵に資金を投入できたわけではなかったのだ。

追分ファームのマクダヴィアへの期待の大きさはその配合相手に表れていた。輸入した初年度から3年連続でサンデーサイレンスと交配。その1年目にレジネッタの母アスペンリーフが生まれた。

志半ばで繁殖入りした母アスペンリーフ

「アスペンリーフは、それは期待の大きな馬でしたよ。サンデーサイレンス産駒で、馬格も立派だし、調教の動きも素晴らしかった。ただ2歳夏に右手前第一指骨骨折の重傷を負ってしまい、ボルトを埋め込む手術をすることになってしまいました。手術は成功したのですが、術後にずっと舎飼いをしていたことで今度はせん痛を起こしてしまった。これも開腹手術が必要な重いものでした。短期間に全身麻酔を行う手術を2階もしたダメージはやはり大きかったと思います。通常でしたらデビューはあきらめるのでしょうが、アスペンリーフは順調に回復してデビューし、1勝ですが勝ち星も挙げた。すごい生命力ですよね。事故がなければどれだけすごい活躍をしたことか・・・。」

01年から繁殖入りしたアスペンリーフは、その名牝系にサンデーサイレンスの血も追加されたことで、マクダヴィア以上に大きな期待を担っていた。
初仔テイエムメガスター(牡、サクラバクシンオー)は1勝に終わったが、2番仔アエローザ(牡、フレンチデュピティ)は5戦3勝(引退)で京都新聞杯4着と活躍。
アエローザの出来が良かったことで再度フレンチデュピティと交配され誕生したのが4番仔レジネッタだった。

「アスペンリーフはすんなり受胎する方ではないので、レジネッタは5月11日という遅生まれになってしまいました。そのため他馬に比べると小柄な印象が強かったですね。1歳10月に社台ファームへ育成に送り出した時は410kg台だったはずです。ただ、とにかく丈夫な馬でした。悪いところがどこもなかった。だから育成も絵に描いたように順調に進んで、夏の札幌開催でデビューできたのです。社台ファームでの育成中もよく見に行っていましたが、体にメリハリが出てきて、どんどん馬が変わっていくのがはっきりと分かりました。」

馬体も立派になって、追分ファームにいた時の小柄なイメージはすっかりと消えていた。丈夫であることがサラブレッドにとっていかに大切なことか、改めて痛感させられた。

桜花賞制覇はもちろん感激だったが、正志さんにとってそれに匹敵するほどの喜びがオークスの3着だったという。

「桜花賞を勝った時から、オークスは相当厳しいだろうな、とは感じていました。ゲート再試験を受けなくてはならず、早くに栗東トレセンへ入厩させる必要がありました。ゲート試験でテンションが上がってしまうかもしれない上、長距離輸送で体が減り、慣れない環境だとカイバも食べなくなってしまう。そしてフレンチデュピティ産駒には2,400kmはやはり厳しいというのが一般的な考え方でしたからね。」

だがそんな心配が一つ一つ解消されていった。

「桜花賞後はすぐに精神的にリラックスした状態に戻ったし、ゲート試験、輸送もすんなりクリア。カイバ食いも落ちなかった。しかも(同じフレンチデュピティ産駒)のアドマイヤジュピタが天皇賞・春を勝ちましたし、新聞には(全兄の)アエローザは2,400kmを勝ってるので距離は大丈夫なんて記事が出ている。こりゃ、また行けるかな、という気持ちになってきました。」

結果は3着惜敗だったが、数々の課題をいとも簡単にクリアしていったレジネッタの能力に、改めて感動したのだった。

今後の活躍ももちろん楽しみではあるが、早く無事に牧場に帰ってきてもらいたいというのが本音だそうだ。

「牝馬のG1馬というのは、牡馬とはまったく違いますよ。オークス後に`もう帰ってきたら何と交配しようかな`とずっと考えています。レジネッタの子供をセレクトセールに出してその評価を見てみたい気持ちもありますが、クラブ法人の活躍牝馬の子供はクラブ法人に出すべきでしょうね。レジネッタの会員さんもそれを待ってると思うのですよ」と、正志さんの心はすでに3年後が予想される繁殖入り後に飛んでいる。そしてそれまでに追分ファームをさらにレベルアップさせる方策も、いろいろ考え巡らせている。

ほんの20年前までは採草地だった場所

追分ファームのある安平町追分向陽の約100ヘクタールの土地は、以前は社台ファームの採草地だった場所だ。丘陵地の中に繁殖牝馬25馬房、育成馬56馬房の厩舎が建てられている。傾斜のきつい放牧地は、他の社台グループの牧場とは違い、むしろ日高の牧場に近い雰囲気を醸し出している。

「繁殖牝馬のうち40頭前後は日高の牧場に預託しています。今秋には繁殖牝馬の厩舎が完成するので何頭かは手元に置くことができますが、牧場の規模をこれ以上拡大するかどうかはまだ分かりません。少数精鋭主義、1頭1頭に目が届く生産・育成をやっていきたいと思ってますから」と、拡大を続ける社台ファーム、ノーザンファームとは一線を画した経営方針を描いている。

その正志さんが今熱心に取り組んでいるのが育成馬、繁殖牝馬へのGPS装着である。

「放牧地でどのような動きをしているのか、徹底的に調査してみたいのです。放牧地でも馬が行ってない場所があるので、その理由を調べて有効に活用したり、1日20〜25kmは運動する放牧地と15kmしか運動しない放牧地があるのでその違いを調べたり、四角い放牧地と細長い放牧地ではどちらがスピードをだして走れるかとか、いろいろなことを探っていきたいんです。」

追分ファームは馴致前までの初期、中期育成しか行っていないので、その舞台である放牧地と放牧の方法には徹底的にこだわっているのだ。

追分ファームは、社台グループの創設者・吉田善哉氏の死去に伴う相続が直接的な開場のきっかけになったのだが、善哉氏は生前から「正志に牧場をやらせよう」と話していたそうだ。

「僕が13歳の時(1993年)に祖父(善哉氏)が亡くなっているので、その話も直接は聞いたことがなかったのですが、ちょうどその頃に父(晴哉)から『将来、牧場をやる意志はあるのか』と聞かれたことがありました。自分がサラリーマンになることはまったく想像できなかった。夏休みはいつも牧場で過ごしていたし、競馬場にもよく連れて行ってもらってたので、牧場をやることはごく自然なことで、`やりたい`と答えました。それが祖父からの問いかけだったのかもしれませんね。
祖父とは一緒に馬を見たこともなかったのですが、古くから社台ファームを支え続けている尾形重和獣医師がマネージャーを務めてくださっているので、尾形先生から`吉田善哉`の考え方などを伝授してもらってますし、昔の資料も引っ張り出しながら勉強しています。」

日本のサラブレッド生産の礎を築いた一人、吉田善哉氏の馬作りの信念は、27歳の若き後継者にも着実に受け継がれている。

正志さんは追分ファームの究極の目標を「生産した全馬が1勝を挙げる牧場」に置いている。

「G1馬やディープインパクトのような馬は、作ろうと思って作れる馬ではありません。裾野を広げていって、その中から突出した馬が自然に出てくるものだと思っています。でも未勝利に終わりそうな馬を何とかいろいろと手をかけて努力していけば、1勝を挙げられる馬に育てることができるかもしれない。基本を積み重ねて、ネガティブな部分を一つ一つ解消していく。まずはできることをやるのが大切だと思ってるのです。」

その積み重ねで追分ファーム生産馬の平均レベルは徐々に高まっている。

「今年の2歳馬で期待しているのはデルフォイ(牡、父スペシャルウィーク、母ディンスカヤ)、トレジャーバトル(牡、父Dr Fong、母ヴィクトリークライ)、クリックヒアの06(牡、父ウォーエンブレム)といったところでしょうか、それでも2歳世代はまだ出来にバラつきがあるかもしれない。
1歳世代はそのバラつきがかなりなくなってきていますよ」と、正志さんは改革の手応えを肌で感じ取っている。

1995年に追分ファームを開場し、マクダヴィアの孫レジネッタによる桜花賞制覇は、吉田善哉氏の孫・吉田正志さんと追分ファームの成長の証だったように思える。


【← 前のページに戻る】


このコンテンツは優駿2008年8月号に掲載された記事をWeb用に転載したものです。